転職して日本を変えることができる

 現在の日本ではリストラの嵐がまだ吹きまくっていますが、過去にはどんな苦難のなかでも一人の社員のクビは切らないと宣言し実行した男がいます。それが百田尚樹氏の小説「海賊とよばれた男」にモデルとして登場する、出光興産の創始者である出光佐三氏です。出光氏は終戦の2日後に全従業員に対して、「愚痴をやめよ。世界無比の三千年の歴史を見直せ。そして今から建設にかかれ」と訓示し多くの企業が社員をリストラするなか約1千名いた社員の首を切らないことを宣言したのです。そしてなんと海の上で漁船を相手に軽油を販売する方法を思いつき、売り上げを伸ばしライバルの企業から海賊とよばれたのです。

 

読売新聞にもいた海賊とよばれた男

 景気回復の兆しが見えてみたとはいえ先行きがみえず今だ混迷を極める日本ですが、かつての日本には出光氏のように大きな仕事をして時代を変えそして伝説となり海賊とよばれた男たちが何人もいました。そんななかの一人が2010年に83歳で亡くなった渥美俊一氏で、読売新聞の記者だった渥美氏は43歳で読売新聞を退社し今の日本のチェーンストアを広めた人物なのです。渥美氏は31歳のときに「商店のページ」という取材を通じてイオンの岡田卓也氏や、イトーヨーカ堂の伊藤雅俊氏やダイエーの中内功氏など30代の若手経営者と知り合います。そして製造業に比べて立ち遅れていた日本の流通分野を近代化するために、1962年にこれら若手経営者13名とチェーンストアの研究母体「ペガサスクラブ」を設立します。

 

日本を変えるような人物の排出が待たれる

 このとき渥美氏はまだ読売新聞に在籍していたので会社にはほとんど姿を見せないで、会社に来たかと思えば締め切りの記事を書き上げまた取材に消えてしまうような生活を送っていました。そのため社内では人間機関車というあだ名をもらい、43歳のときに読売新聞を退社するときにもらった記念品が機関車の模型でした。43歳という年齢は1番脂が乗った時期で、仕事も猛烈に働いても苦になりません。日本の伝説となった人物の多くが、43歳というひとつの節目に転機を迎えています。43歳での転職はまさに、そんな人生の大きな節目となるでしょう。転職をすることで新たな仕事や環境のなかでチャレンジし、渥美氏のように今の日本を変えるような人物が出てくることが期待されます。

 


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